怪我をきっかけにトレーナーとしてのキャリアがスタート 土屋 明洋 vol.1

怪我をきっかけにトレーナーとしてのキャリアがスタート 土屋 明洋 vol.1

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土屋明洋(つちや・あきひろ)
COUGS(クーグス)代表 / アスレティックトレーナー / S&Cコーチ。

《主な経歴》
1977年、愛知県名古屋市生まれ。プロアスリートの身体づくりから一般の人の健康管理まで、幅広く指導するコンディショニングの専門家。ワシントン州立大学でNATA公認アスレティックトレーナー(ATC)の資格を取得。2012年より阪神タイガース1軍トレーナーとしてチームに帯同、2016年からは阪神タイガースファームトレーナーとして一軍で活躍を目指す若手選手のトレーニング指導、コンディショニングに携わる。20192COUGSを設立。

全3回のシリーズで土屋トレーナーのキャリアに迫る。
vol.1は今と昔編。

お店の名前のCOUGSの由来を教えてください

COUGSオーナー兼アスレティックトレーナー土屋明洋さんの施術の様子

 アメリカのカレッジスポーツでは、それぞれの大学にチーム名がつきます。私の母校である、ワシントン州立大学のチーム名はCougars(クーガーズ)でした。
 Cougarはピューマのことを指しますが、COUGSは、このピューマから連想をして店名にしました。ロゴが、トラに見えないこともないので、「阪神タイガースを意識している?」なんて言われますが、実際はピューマをモチーフにしているのです(笑)

ロゴもセンスを感じますね!

 ありがとうございます。
 友人のデザイナーが考えてくれたのですが、ピューマの顔の左半分が速筋の白、右半分が遅筋の赤で、ロゴの中の文字の大きさや配列なども丁寧に仕事をしてくれました。
 結果的にカッコ良いものに仕上がって嬉しく思います。

COUGSのロゴ

トレーナーになったきっかけを教えてください

​ もしかしたらトレーナーあるあるなのかもしれませんが、きっかけは自分の肘の怪我がきっかけでした。小学生から野球を始めて、平日から土曜日は部活で週6、日曜日は少年野球チームで、両方の所属先でピッチャーとして毎日のように100球以上の球を投げていました。
 30年前くらいのお話ですから、当時は球数制限のような概念もなく、ひたすら投げ続けた結果、中学1年になって完全に肘がおかしくなりました。
 整形外科に行くと、「もう骨になっていない。軟骨の状態で止まっている」と言われ、整形外科に行きながら、「なんとか良くしたい」と様々な治療院に行きました。その中で、愛知県のリハビリ施設に月2回ほど通い、当時は理学療法士の方が見てくれていたとは思うのですが、そこで運動療法に携わる職業があるんだ、ということを知りました。その施設では、肩甲骨の動かし方などを教えてくれたのですが、それまではそのようなトレーニングのやり方を教わったことがなかったので、子供ながら頭に引っかかった体験でした。

 その後、運動やスポーツに関わる学びや仕事をしたいと思っていたので、中京大学の体育学部に進学することを決めました。
 高校の進学指導時には「体育学部なんて、潰しが効かないからやめておけ」なんて言われたりしました(笑)。でも、自分の中では「潰しが効く、効かない」というような問題ではなく、「好きなことをやりたい」と思って体育学部に入りました。
 大学では、野球をやらずに、その時点で中学生時代に診てもらっていた理学療法士の像が頭に残っていて、「トレーナーになりたい」という想いが少しずつ芽生えてきました。そこから、トレーナーの勉強を始めた大学二年生の頃、当時のゼミの湯浅先生から、アスレティックトレーナーという世界では、日本よりもアメリカの方が進んでいて、「アメリカではATCという資格が確立されている」という話を聞かされてから、「ATCって、なんだろう?」と調べ始めました。そうしたら、「あ、アメリカに留学しないと取れない資格なんだ」ということがわかり、漠然と「ATCの資格を取りたい」と思うようになり、英語の勉強を始めました。体育学部の学生は、「体育の先生になりたい」と思って入学する人がほとんどでしたが、自分自身は卒業が近づくにつれ「スポーツ界のトレーナーを目指したい」という想いが強くなり「お金を貯めて26歳で渡米する」と心に決めました。

その後の留学の経緯を教えてください

 大学卒業後は、まずは準公務員のような形で、厚生労働省管轄の施設内で一般の方向けのトレー二ング指導者として働き始めました。そこで働きながら、週末は英語の勉強をしていたのですが、当時は同時にNSCAのCSCSの資格の勉強もしており、共倒れになるのを防ぐため、一度英語の勉強を中断して、まずはCSCSの資格取得を優先しました。
 合格後、改めて英語の勉強を始めたのですが、日本で仕事をしながら勉強していても、なかなかTOEFLで大学の入学基準に達するまで時間がかかりそうだと考えるようになりました。一方で、ワシントン州立大学の敷地内にある語学学校に通い、そこの学校にはレベル1からレベル6まであるのですが、レベル5をパスすると大学に入学できるというシステムがあったので、その制度を使うことにしました。
 渡米後に、レベル3から始まり、4、5と上がっていき、9ヶ月後にレベル5をパスすることができ、ようやくワシントン州立大学に入学することができました。その時点で、TOEFLの点数が高かったら、スッと大学にも入学できたのですが、点数が足りていなかったので、少し入学まで時間がかかってしまいましたね。    

ワシントン州立大学の入学まではスムーズに話が進んだのですか?

 シアトルに親の知人がいたため、まずはシアトル市内でNCAA(全米大学体育協会)のDivision1の大学を探しました。
 ワシントン大学は、シアトル市内にありDivision1の大学なのですが、残念ながらアスレティックトレーナーになるための学科がない大学でした。
 そこでもう少し調べていくと、シアトル近郊にワシントン州立大学という大学があって、ここはDivision1の大学であり、かつアスレティックトレーナー学科があるということがわかりました。
 留学斡旋の会社や日本の大学などを使わずに手続きを進め、当時は家にインターネットも引かれていなかったので、漫画喫茶でのPCを使って、語学学校への入学の手続きや、入寮のためのやり取りなどをしていました。
 「予防接種を受けているのか?」というようなメールのやり取りもありましたね。留学を決めた当時は、まだ同時多発テロの直後でもあり、アメリカに入国するのも今よりも大変な時期でした。そこで、FAXで予約などを取りつつ、大阪のアメリカ領事館での面接などをすることで、入国審査が下り、無事に語学学校から入学することができました。

取材:田沢

COUGSの内装

土屋さんのジムはこちら

【COUGS】
所在地:兵庫県芦屋市津知町11-14 1F
電話 :0797-23-5580
URL  :https://www.cougs.jp/

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